ペットを亡くしたばかりで苦しい時は

こんにちは。

 

5月2日付のyahoo!ニュースで、お笑い芸人のキンタローさんのペットロスの記事が載っていました。

今年2月に愛犬「ミニー」を突然失ってしまい、ペットロスに陥った体験がインタビュー形式で語られています。

 

そのインタビュー記事でキンタローさんが『周りから理解されないことに恐れ、人に話せなくて抑え込んでいると「ペットロス」の期間が長引くと聞いたので、私はいろんな人に話を聞いてもらうようにしました。あとは、ミニーちゃんのオリジナルクッションを作ったり、遺骨を埋め込めるペンダントを作ってみたり。だからもし悩んでいる人がいたら、抱え込まずに発信してほしいと思います。』と話されていました。

ペットを亡くしたばかりで苦しいときにいったいどうすればいいのかは人それぞれではありますが、自分のことを思い出しながら少し書いてみたいと思います。

 

 

私の場合、空が死んだ直後は「悲しみ」よりも「看取れなかった罪悪感」「自分は何一つ役に立たないという虚無感」「そんな自分に対するやり場のない怒り」のほうがずっと大きかったため、とても自分の気持ちを他人に話せる状態ではありませんでした。

自分のせいで空が死んだんだから、悲しいとか寂しいとか、そういうことを言える資格は自分にはないと考えていました。なので、もしも話せたとしても、悲しみを吐露するというよりは懺悔になっていたと思います。

そう考えると、教会とかお寺に行けば良かったのかもしれませんね。当時は全く思いつきませんでしたが・・・。

 

もちろん、誰かに話した方がずっと心は楽になります。ですが、自分自身が心が軽くなることを許さない場合(私のように強烈な罪悪感を持ってしまったような場合)は、無理して誰かに話す必要はないと思います。

“誰かに話さなくちゃ”ではなく、“誰かに聞いてもらいたいな”と思えるようになったときに話せばいいのではないでしょうか。

 

また、胸の内を話す相手ですが、できれば忍耐強く聞いてくれる人もしくは同じような体験をされている人をお勧めします。

というのも、ペットロスのような重篤な喪失体験の直後の心は傷だらけで、かろうじて出血が止まっているだけのような状態なので、些細なことでもより深く傷ついてしまいます。「まだ話足りなかったのに別の話題を振られた」「気持ちを聴いてもらいたかったのに、現実的なアドバイスをされた」など、普段であれば全く気にも留めないことでさえ傷つき、再び大出血してしまうのです。

なので、「自分のことばかり話す人」「忙しい人」「物事を客観的に分析する人」に対して話をすると、余計に傷ついてしまうことがあります。きっと相手も真剣に話を聴いてくれているんでしょうけどね。

 

 

ちなみに私は、誰かに話すこともなく、ただひたすらペットロス体験談を検索し読んで泣くことを繰り返していたわけですが、「すごくつらかったけど今はペットに感謝している」とか「亡くなったペットとはまた会える(=虹の橋系の話)」とか、そういうまるで悟りを開いたかのような投稿を見るたびに深く傷つき、怒りを感じていました。

 

「感謝?自分が殺したようなものなのに感謝なんてできるわけがない」「空は冷たい土の中にいるんだから、虹の橋のたもとになんていない。知った風なことを言うな」

 

今思うと本当にねじ曲がっていますが、当時は心の底からそう思っていたので、ペットロス体験談も「つらくてつらくて死んでしまいたい」とか「ペットロスから全然立ち直れなくて毎日泣いている」とか、自分に限りなく近い境遇のものばかり読んでいました。他者に自分と同じ傷跡を見つけて一時の安らぎを得ても何の解決にもならないと頭ではわかっていたんですが、気持ちがついていかなかったんですよね。

 

つらくてつらくてたまらないとき、「頭ではわかっていても・・・」となることは多々あります。

無理をせずに、自分を大事にしてあげて下さい。

 

ではまた。